Sunset-blues

letter 12

 めっきり涼しくなった。日没も早くなって、私が店に入る時間はそろそろ夕焼けが始まりそうな空をしている。

 先日、翠さんがお客様に頂いたラ・フランスが余ったので、私はコンポートを作ってみた。ルビー色に輝いた洋梨は、ふっくらとワインを吸って、食べ頃になっている。
「これでひとつカクテルでも作ってみるか」
 前々から、新しいオリジナルカクテルを作りたかった。季節感のあるカクテル。ボージョレヌーボーではないが、カクテルにもこの時期にしか飲めないものを出したい。

「いいじゃない! 素敵!」
 ママにこの話をしたら、とても乗り気だった。
「その季節だけのオリジナルを目当てにお客様に来てもらえたら、こんなに素敵なことはないわ」
 確かに、商売を考えればそうなんだろうが……。

 飯塚さまと言う、まだ20代の若いお客様は、赤坂の裏通りにあるレストランで働いていた。
 ある秋の日、彼はとても嬉しそうに話してくれた。
「急にパリに行くことになってね。向こうでで働かないかって。とても腕のいいシェフだから、修行してこようと思って」
「それは素晴らしいですね。どのぐらい行くおつもりですか」
 彼はふっと寂しそうな顔をして、天井を見上げた。
「出来れば僕は身につくまで居たいんだけど……、彼女がね。一緒には行けないって言うんだ、自分にも仕事もあるしって」
 聞けば23歳。確かに仕事し始めて、面白くなる年頃かも知れない。まだ結婚は考えられないと言うらしい。
「僕としてはね、バカンスの時期になれば帰ってくるつもりだし、しばらくは遠距離も仕方ないかな、と思ってるんだけど……」
 それから彼は渡仏して、しばらく顔を見せることはなかった。

 1年近くたって、彼は久しぶりに訪れた。
「これ。結構美味しいんですよ」
 その赤ワインはフルーティで、とても飲みやすかった。
「うん、この間初めて店のレシピを作って、シェフに食べてもらったんだ。悪くないって言われたよ」
「それは良かったじゃないですか」
 言葉の通じない土地での一人暮らしに鍛えられたのか、前よりずっと逞しくなっていた。 彼はキール一杯で、席を立った。
「そろそろ行かないと」
「彼女さん、ですか?」
「そう、待ってるから」
 跳ねるように、とはこのことだな、と微笑ましくなった。

 さらに1年経って、彼が現れた。
「店を出せるかもしれないんです」
 彼は喜びを隠せない、と言った風情で笑っていた。
「パリにですか?凄いじゃないですか」
「ええ。シェフが次の店を任せたいって」
「それはそれは。乾杯しなくちゃいけませんね」
「でも……、彼女が反対してるんだ」
 彼女にしてみれば、修行に行くことも寂しかっただろうに、いつか帰ってくると思って我慢していたんだろう。
「乾杯は、彼女を説得してからですよ」

 私は、そろそろ彼が来る時期だから、このワイン漬けを使ったカクテルを作ろうと思っていたのだ。

 そして彼はやってきた。
「気になっていたんですよ、飯塚さま」
「ああ……。結局別れてしまったんだ。もう待てないって」
 彼はしんみりとキールを頼んだ。
「実は、新しいカクテルを作ってみたんですよ。どうですか」
 ピンにレモンとラ・フランスのダイスを刺して飾った淡赤色のカクテルを、彼の前に滑らせた。
「面白い味だ、美味い」
一口舐めると彼は唸った。
「ドライベルモットとカンパリなんですけど、ラ・フランスのコンポートジュースを少し混ぜてるんです」
「へぇぇ、ラ・フランスかぁ、時期ですからね」

 店内のマボガニーは、こうしてみるとなんて秋の色なんだろうか。こっくりと時間をかけて深まる、熟れた輝き。
「秋は、甘くて苦いんですよ。そして切ない」
 ちょっと芝居がかった台詞に、彼は微笑んで頷いた。
「乾杯しましょう。秋に」
 私はこのカクテルの名前を考えている。

<letter 11


inserted by FC2 system