社員旅行

 サロンバスの中は既に宴会だった。毎年思うくせに、何であと10分早めに出て来れないんだろう。前の方はお偉方で席が埋まっていて、空いている奥のソファーには朝8時半だって言うのにもう缶ビールがセットしてある。
「つまみはあるからなぁーまぁそこ座れー」
 向かいに座っていた宴会部長がご機嫌に話し掛け、その隣の係長が紙皿に乗った柿の種をガサガサと掴んだ。
「朝からヘビーですよー」
 私は覚悟を決めて栓を開けた。

 車窓は高速の防音壁ばかりを映し出す。それでなくても酔いそうだ。前のほうに座っていた社長が、後ろで騒いでいる社員の様子を窺いにやって来た。
 今だ。
「ちょっと酔っちゃいましたー」
「大丈夫ですか?」
 社長と入れ替わりに移動する私の顔を、今年入った後輩が覗きこむ。
「あー、もう毎年のことだから。りっちゃんも気をつけて」
 私はちょっと眉をひそめ、小声で返した。

「お疲れさん」
 2期先輩の高沢さんがお茶をくれる。それも毎年のことだ。
「すいません。今年こそ早く出てこようと思ったのに」
「どうせ早く来たって、お声掛かっちゃうだろ、松尾さん。でも、なんか顔色悪いぞ。やっぱり気分悪いんじゃないか」
 彼は少しだけ窓を開け、窓際を譲ってくれる。
「ありがとう。……弱くなったなぁ、年かも」
 私は笑いながら、風に当たった。外はようやく緑の景色が広がりだした。あと一時間も走れば紅葉が見られるだろうか。

 しばらく風を受けていると、だいぶ頭がはっきりしてきた。中小企業ならではのバス旅行も、今年でもう7回目だ。夜の宴会は、また酒を注いで回るんだろう。不景気になってからコンパニオンは呼ばなくなったし。また宴会部長が太鼓持ちをかって出て、社長が北酒場を歌うんだろうな。

「今年は夜景を見に行くよ」
 お決まりの風景を想像しているのを知ってか知らずか、高沢さんは言った。
「へぇ……。綺麗な所があるんですか?」
「俺の地元なんだ、今夜泊まるとこ。穴場があるんだよ」
 そう言えば東北方面だとは聞いていたけど、そこだとは知らなかった。
「そうなんですか。じゃ、今回幹事やったんですか?」
「いや。幹事したら身動き取れないし、第一、地元のツアコンみたいなことやるなんて、嫌だし」
 彼はお茶をぐっと飲んで、懐かしそうに私の向こうの窓を見た。

「あ。言っとくけど内緒な。夜景の話」
「え、なんでですか」
 窓から急に焦点が合ったせいでいきなりの至近距離に焦っていると、彼は私の目線を捕まえたまま、ゆっくり答えた。

「二人で行くから」

 今年はお決まりじゃないみたい。

〔了〕


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