7年前の秋。遅れていたものがやっと来て、ほっとしながらデートしていた時に年下の彼は尋ねた。
「もし、出来たら……、産むの?」
その時の私は、さほど考えずに答えた。
「産むよ。その子の命だもの」
同級生の二人がやっと結婚すると、招待状が届いた。久しぶりに降り立った駅で待っていたのは、同じく招待された年下の元彼。スーツ姿のせいかもしれないが、しばらく見ない間にその面顔立ちは学生から社会人に変わっている。でも、「元気そうだね?」と少しだけ首を傾ける癖と、照れて笑う口元から見えた八重歯は、相変わらず年下のシャイな彼だった。
夕方の披露宴まで時間があった。
昔よく歩いたデートコースを、近況報告などしながら適度な距離を保って歩いていると、懐かしい公園が見えた。桜の黄色い葉が散り始めている。
「ココのベンチでよく話してたね」
「そうそう。缶ジュース2回買いに行ったっけ」
懐かしさに呼ばれるように、私たちは古びたベンチに座った。だいぶ涼しくなった風が、さわさわと木々を撫でている。高校生の二人に、一体どれだけ話すことがあったのか今はもう思いつかないけれど、放課後日が暮れて街灯がつくまで笑ったり、肩に頭を乗せたりしながら二人の時間を過ごした場所。
一瞬だけ、隣に座る人にまた恋をしそうになった、その時。
「今も……、出来たら産むと思ってる?」
唐突な彼の質問に、私は考える間もなく首を振った。
「産めないよ。その子を育てていける経済力がないし、勢いで産んでその子幸せか解らないもの。だからそんなことにはならないようにしてるよ」
「そんなこと、か……。変わったんだね」
彼は懐から煙草を取り出した。
「そっちも変わったよ」
私は自分のライターの火を差し出して、ついでに自分も一本咥えた。呼吸だけの、静かな時が過ぎた。
「そろそろだ」
やがて彼は時計をちらりと見て、それだけ言った。
「そうだね。始まったらしばらくは吸えないよ」
2本の煙が混ざることなく空に消えていくのを二人で見上げ、同時に、にこやかに立ち上がった。
「誰かいい人、来てるかなぁ」
「彼氏いないんですか? 先輩ともあろうものが」
肘鉄を一発食らわせて、もう恋する気持ちはなくなっていた。
〔了〕