Sunset-blues

letter 8

 友紀さんは、うちのホステスさんの中で一番先輩。あまり進んで接客をするよりは、ヘルプに回る方が性にあってると、昔からずっとサポート専門で来ている。服装も比較的普通で、そのまま昼の仕事も出来そうだ。
 今日の友紀さんは珍しく落ちつかない。いつもなら、梨奈さんが気付かない灰皿の交換やアイスのチェンジも、友紀さんがそっと片付けるのだが、今日はお客さんに言わせてしまう始末。
「友紀ちゃん、体調が悪いの? 帰った方がいいよ」
「いえ、今日は翠さんもお休みですし、大丈夫ですから……。申し訳ありません」
 ママもさすがに気になったようで声を掛けるのだが、頭を下げている。
 とは言え、何か気がかりな事があるらしく、たまに控室に行っては、携帯を見たり、ぼーっとしたり。明らかにいつもの友紀さんとは違う。

 1組のお客さまをお送りしたあと、カウンターを通りかかった彼女を呼び止めた。
「友紀さん、何か気がかりな事があるんですか?」
「あ、いえ……」
 言いよどんでいる彼女を見つけて、ママがやって来た。
「ねぇ? まこちゃんもおかしいと思うでしょ? さっきから帰りなさいって言ってんのよ、今日はそんなに混んでないし」
 ママは翠さんがいないから、と言う理由にもちょっとムッとしていた様子だが……、いや、心配しているのだ。
「そうですよ。心ここにあらずで接客していたらお客様に失礼ですよ」
 少し厳しい口調で、私は友紀さんに帰るように勧めた。友紀さんは、じゃあ、と小走りで帰っていった。


 数日後、愛用の鞄の底鋲が取れてしまって、馴染みの店に持って行こうと早めに部屋を出た。まだ日は高く、制服の学生や買い物客が街を賑わせている。おかしな物で、夜働いて昼間眠る生活を長い事していると、この午後の雰囲気が妙に落ちつかないのだ。何処に目線を置いて歩けばいいのかとさえ、考えてしまう。
 そんな挙動不審な私の視界に、見慣れた明るい髪色が飛び込んできた。この街中で少し浮いている。
 友紀さんじゃないか? そう思って声をかけようとした時、人込みが少し動いた。

 少年はまだ肩からはみ出す程の大きなランドセルを背負って、鮮やかな髪色の母と手を繋ぎ、その日一日の事を次から次へと報告していた。母に話しかける顔はずっと笑顔で、とても楽しそうだった。私は話しかけるのをやめ、唯一の親子の時間を見送った。
 店に来た彼女を、私は控室に呼んだ。
「友紀さん、ママに話した方がいいですよ……、お子さんがいること」
 彼女は、はっとした顔をして私を覗った。
「子供を育てながら働いてるホステスさん、私も何人か知っていますけど……。ママはそんな事で辞めさせるような人じゃないですよ」
 友紀さんは、黙って下を向いたままだった。

 ママは驚いて、店内にまで聞こえるような声でまくしたてる。
「ったく、なんでそう言う事早く言わないのよ! 今までだって色々大変だったでしょうに。こないだのだって、お子さん具合悪かったんじゃないの?」
 その言葉に、友紀さんはふっと涙ぐんだ。
「熱が出て託児所に預けられなくて、一人で留守番させてたんです……。あの子、シロップを飲むの忘れない様にって、夜の分と、朝の分と、自分のコップ2つに計って、こたつに並べて、シロップ握ったまま寝ていて……」
 その心細かったであろう健気な少年を思い浮かべて、胸が絞め付けられる様だった。ママも、もらい泣きしていた。
「乾杯しましょうか」
 マンハッタンを用意した。チャーチルの母が作ったスタンダード。
「言っとくけどね。翠や友紀や、ここのホステスはみんな私が育てたのよ? 友紀のヘルプぐらい出来るわよ」
 それは子供が持てなかったママからの、母親へ送る最大のエールだった。

 あの子の笑顔があれば、大丈夫。

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