家族の夏

 朝から鳴きっ放しの、途絶えることない蝉の声で目が覚めた。
「寝てんのはあんただけよ、早く食べちゃいなさい」
 昨日は親戚だとかお墓だとか、手土産持って挨拶回りだったから、やっと上げ膳を満喫しようと思ったのに目論見は外れた。

「今日はおじいちゃんの所に行くんだから、用意してよ」
 母方の祖父は祖母が亡くなってからも、僅かばかりの畑と柴犬の親子と慣れ親しんだ人達の中で一人暮らしをしている。
 私は親戚の中でこの祖父が大好きだ。入院したと聞いて帰省した時。
「えらいことないんじゃ、大騒ぎして。治ったら女医さん嫁に連れて帰るで」
 心配して行ったのに、笑わされて帰ってきた。ハイカラなじいちゃんだ。

「おお、よくおいでなさったな。まぁ今年は良くなってのぉ、食いきれんことなっとる」
 そろそろ80になろうとする祖父は腰に引っ掛けていたタオルで額の汗を拭きながら、もぎたてのトマトをくれた。パンと皮の硬い自然のままのトマトは、少し酸っぱくて涼しい味がする。
「おじいさん、ちょっと角南さんとこに行って来るから」
 母は父に土産を持たせて、良くしてくれる近所のうちへ挨拶に行った。

 祖父はそんな二人を眺めながら、麦藁帽子を取りタオルでごしごしと頭を拭いている。
「あいつらも年を取ったのぉ」
「そらそうだよ、あたしだってもう25なんだから」
「そうか、もうそんなんなったか。早いのぉ」

 茶箪笥には、私が7歳の時の七五三の写真が収まっている。おじいちゃんの中では、私はこの時のままなんだろう。そんな事を考えていたら、ちゃぶ台に冷えたサイダーと栓抜きを出してくれた。
「ちょっと手がきかんでな、自分でやってくれ」
「うんうん。ありがと」
 酒屋で貰ったらしいロゴの入ったグラスの中で、サイダーがパチパチはじけている。
「祥子は知らんかも知れんがなぁ、父さんと母さんは、見合いして、次に会ったのが結婚式だったんじゃ」
 祖父は“いこい”を燻らせながら、麦茶を飲んでいた。
「知ってるよ。母さんに随分聞いたもん」
 いつも口癖のように、冗談めかして言っていた。嫁行けって言われたら、はいって文句も言わず行くような時代だったのだと、行く気のない私に最近また電話で言っている。

「はっきり聞かなかったがのぉ。もしかしたらいい人がいたのかも知れんと思っての」
 祖父の言葉に私は驚いた。
 そんな人がいたかも、と言うことよりも、自分の母親が恋愛をしたかも、と言う想像がつかなかったのだ。
「あ、でもこれはじいちゃんとの内緒だぞ? そんなこと言っとるの母さんに聞かれたら、じいちゃん叱られるでな」
 祖父は歯切れのいい声で笑った。

「何話してたの? ドア開けっ放しだから、外まで笑い声が聞こえるわよ」
 戻った母を見上げて、おじいちゃんと私は、また顔を見合わせて笑った。

〔了〕


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