Love-Jungle

課題〔ジャングル〕

 僕はその鬱蒼とした空気の中で思案していた。さて、どうしたものか。

「翠がさ、結構迷惑してるから電話とかやめてくんない?」

 相当驚いた。イカれた奴からの電話かと身構えもした。もう4年も付き合ってて、恋人、だなんてもう恥ずかしくて言えたもんじゃないほど安心していた所へ、いきなり電話がかかってきたのだから。怒鳴って切る事も出来たし翠を問い詰めることも出来たが、僕はこの電話の主に会ってみようと思った。

 奴が指定してきたのは、いつも通勤で通過している駅のホームにある喫煙所だった。なるほどここなら、話していて僕と馬が合わなかったとしても、そのまま定期使って帰れるし金はかからない。どうやら、さほどイカれた奴でもなさそうだ。
 だが、実際訪れた人物は、見事な七色のトサカを揺らし、腰には大小のチェーンをぶら下げ、中指には関節が見えないほど大きな指輪をしている。
「(止まり木に繋がれたオウムのようだな)」
 またまた、奴がイカれているのかいないのか判らなくなった。

「と、言う訳で、翠ともう4年も付き合ってると僕は思ってきたんだけど、キミはいつからの付き合いなの?」
「2年ってとこだよ。クラブで翠が男にフラられたとかで」
 2年前……。確かにその頃よく別れ話は出ていた。構ってくれないとか、なかなか逢えないとか、寂しいとか。でも、そんなの何処の恋愛だってありがちなシチュエイションで、さほど気にも止めてはいなかったし、すっかり忘れていた。つまり、翠はお相手がいたお陰で寂しくなかった、と言うことか。

「でもさ、電話したの、アンタだけじゃないんだよね……」
 奴はトサカに絡みつくタバコの煙を見上げながら、いろいろと思い出している様子だった。その横顔を見ると、どこをどう刺したのかわからないぐらい、耳はピアスで埋め尽くされていた。
「んで、みんな言うわけ。オレこそ付き合ってるのにテメエはなんだって。アンタだけだよ、会おうなんて言い出したの。変わってんな」
 僕は騙されたとか裏切られたとかそんなことよりも、その「知らない翠」に興味が沸いていたのだ。一体4年の間、翠の何処を見てきたんだろう。

「そのクラブ、翠はよく来るのか?」
「ああ。今日は土曜だろ、間違いなく来るね。ただ、そのカッコはマズくね? そのチェックのシャツとかヤバすぎ」
 クラブなんていったことのない僕と、苦笑いする奴との間に奇妙な情が生まれ、僕は奴と服を買いに行ってからクラブに案内してもらうことにした。

「ほら、来てんじゃん、あそこ」
 ぐるぐる回るライトに見え隠れする部分を指差すのだが、みんな踊っているので上手く見つからない。
「ほら、あの背の高いガイジンの横だって、肩の開いた服着てんじゃん」
 いた。まるでメイクが違うので判らなかったが、確かに翠だ。
「どーなのさ、修羅場っちまうのぉん?」
 楽しげに揺れる七色トサカがニヤニヤと僕を覗き込んだ。

 人の波と彼らが発散する温度、湿度。音楽と会話と奇声。その中で僕の全く知らなかった翠が、のめり込むように踊り、隣にいるガイジンを絡めとるように抱きついている。

「まるで樹海だな」

 このジャングルに飛び込べば、会社と自宅の往復と、マンネリしてた恋愛と、その全ての退屈から解放されるのかも知れない。その代わり、もう今までの堅実な僕の世界には戻ってこれないのかも知れない。この七色トサカはさしずめ不思議の森への案内役か。スポットライトはぐるぐると、誘うように煌いて酔っ払いそうだ。
 さて、どうしたものか。いや、もう考えることすら面倒くさい。

「いっそ、翠なんかやめちゃいなよ」

 真っ黒くてまん丸な眼が僕を映している。その僕の眼には、僕の頬を撫でる七色トサカが映り、合わせ鏡の中に吸い寄せられるように、キスをした。

 一瞬、翠と七色トサカがウインクしたような気もしたが、どうでも良くなっていた。

〔了〕


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