好きな人

vol. 2

 噂はあっと言う間に広がった。
 興味を示さなくなった奴、冷やかし半分に根掘り葉掘り聞く奴。早苗ちゃんはその中で、いつものようにニコニコとかわしていった。俺もその男には興味があるのだが、西田さんの手前、余計に彼女と話しにくくなった。

「聡くんどうしたの? なんか元気ないわよぉ」
「そちらさんみたく幸せじゃないんだよ、こっちはー」
 彼女のツッコミにもつい腹が立ったりする。なんだって俺はこんなことに巻き込まれてるんだ? 俺だって早苗ちゃんみたいな彼女欲しいのに……。
 「幸せなんて、気の持ちようよ? 私だって……。ま、いっかぁ」
一瞬見せた寂しそうな表情に焦った。ここんとこ腹を立てている理由も、全部解ってしまったから。
 まずい……。これじゃ西田さんと同じじゃないか。玉砕は目に見えてる。

 バイトが終わってロッカーを開けると、足元に白い紙が落ちた。拾い上げてみると、緑色の丸っこい文字が並んでいた。

− そういえばさぁ〜私、聡くんのメルアド知らないのよね〜 ここメールしてみ? BY さなえ −

 なんだよあいつ、からかってんのか? こっちの気も知らないで。気がないならそんなことすんなよ。何度も無視しようと思ったけれど、結局我慢出来ずにメールしてしまった。

「これ、ホントにキミのメール? ドッキリじゃないよな? 聡」

 帰り道、どんな返事が来るんだろう、彼女からのメールなんて、とコンビニで立ち読みしながら気もそぞろだった。やがて携帯が鳴った。内心ドキドキしながら液晶を見たら……。

− ちっ、引っかかんね〜か(笑) 折角バイトの美奈ちゃんに書いてもらったのに、明日おごりだぜ。あ、アド変えたから。早苗ちゃんで登録してたら直しとけよ>しょーた −

 あのやろう……。俺はデレデレしたメールを書かなかったことに安堵して、それでいて彼女のメルアドでなかった事がショックだった。
− 明日覚えとけよ。ビール山ほど運ばせてやる −
 かなり素で怒ってる自分がいた。缶酎ハイを2本買った。

 「ねー、悪いことって出来ないわよねー」
 次の日、俺は翔太に酒屋の検品をさせた。美奈ちゃんはそんな俺たちを見て、手を叩いて喜んでいる。そんなところを早苗ちゃんが通りかかった。
「楽しそうじゃん? 何かあったの?」
 二人はなんでもないと言いながら、倉庫に行ってしまった。
「なによぉ、教えてくれたっていいじゃない」
 彼女があんまりふくれるので、翔太が美奈ちゃんと結託して俺を騙そうとしたことを話した。
「ひどいだろ? 早苗ちゃんには好きな人がいるって言うのにさ」
 俺は自分のショックを出来るだけ悟られないように、彼女の肩を持つような言い方をした。すると彼女は制服のポケットをゴソゴソし始めた。

 少し怒り気味の彼女の顔に、なんかまずいことを言ったか、俺は2、3分前から思い起こしていたが、思い当たる節はない。彼女はピンク色の携帯を取り出すと、ボタンを押しながら話し掛けた。

「聡くん、今携帯持ってる?」
「ああ。持ってるけど……、何」
「ここへ送って」
 早苗ちゃんは自分のメルアドを表示して、ストラップの音が聞こえるほどの勢いで俺の顔の前に突きつけた。
「あ……、ちょ、ちょっと待って」
 俺が携帯に打ち込んでいる間、彼女はずっと手を真っ直ぐに伸ばし、まるで[前へならえ]のように持っていた。あまりにも堂々として、俺はたじろいでしまった。

− アド、サンキュー 聡 −
彼女にメールが届いて、彼女もまたメールを打っていた。
− これがホンモノ。早苗 −
「確かにな」
 俺は少し笑ったけど、彼女は真顔だった。
「もぉ、私で遊ばないでっ!」
「おい、待てよ。俺は被害者だぞ? 何で俺が怒られなきゃいけないんだよ!」
 踵を返して、フロアのテーブルの間をずんずん進んでいく後姿を見ながら、なんか俺は釈然としなかった。
 でも、早苗ちゃんのメルアドは手元に残った。

− まだ怒ってんの? −
 夜遅いかな、と思ったけど、とりあえずバイトが終わった後にメールしてみた。
− ん? 怒ってないけど? どうして? −
 チャットのようなスピードで、彼女の返事がやってきた。そう言えば同じ会社のだったし。俺は公園に入って、ベンチに腰掛けた。夜空は少し曇っていたけど、月は綺麗に見えた。
− 俺、早苗ちゃんで遊んでないから −
− あ、ごめん。私を騙られちゃって少し怒ってた。でも聡くんのことじゃないよ −
 彼女からの文字はいつも真っ直ぐだ。どうしてそんなに、いつも堂々と出来るんだろう。
− ならいいんだけど。月がキレイだよ −
− ホントだね。今ベランダに出たよ −
 早苗ちゃんと同じ月を見ていた。

 メル友にはなったものの、相変わらず俺は“好きな人”の話を切り出せずにいる。聞きたい気持ちは前よりもっと大きくなっているのに、ついテレビの話とかバイトの話になってしまう。バイトをしていても、時折厨房から西田さんの視線を感じる気がして、メールで話したことは面と向かって話せない。早苗ちゃんは相変わらずのらりくらりと冷やかしをかわし、もはやバイト連中も突っ込まなくなってきた。これも彼女の手なんだろうか。

 ところが。いつもは堂々としている彼女が、今日は少し大人しい。いつも元気な早苗ちゃんだけに、余計に目立って気がかりだ。
「どうした? 元気ないぞ、早苗ちゃん」
「それを俺に聞いてどうすんですか、西田さん」
 そうは言ってみたものの、どうせなら俺が聞きたいと思った。

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