scene 3
その人は、職場の先輩。経理で私より7歳上だった。
初めて出勤したとき、副社長にいきなり飲みに連れて行かれ、同席していたのがその人だった。妙に水割りを作る手が慣れていて、社会人1日目の私には、男が水割りを作る姿は驚きだった。
敷地内の社宅に住んでいたその人の部屋は、良く宴会場や簡易宿舎になっていた。やたらと飲み会をする会社で、その人の隣の住人がこれまた酒好きで、もつ煮込みやら東北の郷土料理やらなんでも作ってしまう板前のような人だった。
私は同期に入った庶務の彼女と、よく呼ばれた。もう一人の彼女は、俗に言う「お嬢さん体質」であったため、工場のおじさんや、口の上手い営業のおやじ達の相手(あしらい)はもっぱら私の役目だった。
ある秋の日の平日。あんまり帰りが遅くなってしまって、その人の部屋に雑魚寝することになった。
6畳の部屋に総勢8人。
しかも寝て気がついたことに、そのうちの一人がめちゃくちゃ寝相が悪かった。気がつくと、そいつを真ん中に、他の全員が壁に向かって隅に寝ている。
「(ありゃぁ…)」
小声で私がその有り様を見ていると、部屋の住人であるその人と目があった。
「水飲むか?」
その人に促されて私は台所に行った。
洗いものはテンコモリ。
「洗って帰ったほうがいいですか?」
「いや、明日帰ってやるからいい。慣れてる」
確かにその人は、一人暮らしに慣れてる上に、宴会にも慣れていた。何処のやもめ暮しの家に、でかいアイスピッチャーと同じグラスが4ダースもあるものか。
「好きなんですか、こういうの」
「一人で飯食うより楽しいしな」
むすーっと金を数えて、なに考えてるかわかんない人だったが、案外寂しがりなのかもしれない、と思った。その部屋で、とりあえず酔ってる内に気合で眠った。
朝。
私はふと目を醒ました。周りはまだ静かで、眠っているようだ。
すると、私は妙な感覚に気がついた。
その人は私の真後ろに寝ていた。
寝相なのか、とも思ったが、妙に気になるのでちょっとずれてみた。
「起きたのか」
その人は私の耳元で聞いた。
「なんか目が醒めちゃいました」
「そっか、まだ6時だからもう少し寝れるぞ」
そう言うとその人は、後ろから自分のジャージごと私を包んだ。
私を暖めていてくれたのか、自分が暖を取っていたのか。
それとも?
聞く間もなく、その人はそのまま眠ってしまった。
寝ろって言われても、とても寝れたもんじゃない。
起こすわけにもいかず、私はそのまま固まっていた。
その後、たまにみんなで飲みに行く事はあったが、同じ職場の人と言う関係のまま時は過ぎ、何年かしてその人は故郷へ帰り結婚した。職場の人が、私にどうしても見せたいと、結婚報告の葉書を会社に持って来た。
「ほら……。私、驚いてしまってねぇ…」
私も驚いた。見せたい理由も解った。
私の眼から見ても、その花嫁は私にそっくりだった。
他人の空似としても、ここまで似ている人がいるんだ……。妙な感覚。背中にあの人を感じた、あの時みたいな感覚だった。