恋話

scene 2 ― 15age

 その少年は、五人兄弟の長男でガタイも大きく、しかも父が亡くなり、中1の割りにはひどく大人びた子であった。うちの部にスカウトされてきたのだが、厳しい学校だったこともあり、あっという間に登校拒否になった。

 様子を見に自宅に行ってみると、小さな家にお母さんを含めて6人がひしめき合っていた。しかし、みんなパワフルで頑張っている一家で、みんないい奴だった。何故かその家の人たちと急に仲が良くなり、中3だった私は、そろそろ部活も引退と言う秋だったので、授業が終わってそのままその子の家に向かうことが多くなった。顧問から、引張ってこい、というお達しを受けていたこともあったので。
 たいていみんながワイワイと溜まっている所へ出かけ、とりあえずは親交を深めるみたいな関係であったが、ようやく本題の話ができたのは3ヶ月後だった。

「だって勉強わかんねぇしな」
「家にいたってわかるものじゃないさ、とりあえずおいでよ」
「行ったら変な目で見られんじゃねえの?」
「だったら部活だけおいでよ、見学でもいいからさ」
「仕方ねぇなぁ、姉さんの言う事なら聞いてやる」

 数日後、彼は夕方少しだけグランドに現れた。いつもは、鬼と言われている顧問が彼の背中をパンパンと叩いて、プログラムを言った。彼は黙々とこなし、帰る頃には他の部員と雑談していた。

 問題は、彼を朝から来させる事だった。顧問に言われた課題はもうクリアしたのだが、自分の気持ちが納まらない。
 そんな中、私は受験勉強もしなければいけなかった。

「姉さんは勉強があんだろ?」
 彼もその話になると煙たがる。でも、わかっていた。彼は彼で今のままじゃいけない事を知っている。
「このお守り貸してあげるから、おいでよ」

「お守りって、オレ持てねぇんだ」

 合格祈願に買った湯島天神のお守りを渡そうとした時だった。宗教上の問題が、はじめて中学生の私に振りかかった。彼は家族ぐるみでとある宗教に入っていたのだ。こんな時どう言えばいいんだろう。頭の中をグルグルと焦りが回って言葉を失った時。

「じゃ、姉さんの合格祈願で行ってやる」
 彼は私をギュッと抱き締めた。中1とは思えない、大きな胸だった。私はなんとか志望校に受かった。

 結果的に彼は留年が決まり、卒業式に現れた。
「卒業かぁ、バッチもらっとくかな」
「あはは、いいよ、あんたのおかげで受かったんだからね」
 校章を外して、彼に手渡した。その手ごと彼は掴んで、手の甲にKissをした。
「ませてんなぁ!」
 私は慌てて手を離した。
「じゃあな!」
 彼は校章を一回ポーンと投げてチャッチして、去って行った。

 あれから1度も会っていないが、相当ファンが増えたらしい。
ちょっと私は鼻が高かった。

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