恋話

scene 7 ― 23age

 その人は、いつも行く喫茶店の常連だった。
 私も日参していたから、毎日顔を合わせていた。10歳も上なのに子供のような人だった。大きな声で話すわ、オーバーリアクションだわ、立ち歩くわ、大人気ないことを言うわ。
 そんな年上の人とプライベートで話したこともなかったが、職は転々とするし、まるで年齢を感じないほど危なっかしい人だった。

 そんな彼の1面を見たのは、前の彼女の話だった。当時彼は、カメラマンのアシスタントをしていた。お金の為や売名の為に自分を売る女性を見すぎて、女性不信になってしまった彼が、立ち直るキッカケになった人。彼女は、両親をなくした孤独な人だった。でもとても明るく、家族の一人のように付き合っていたそうだ。

 結婚を考えていたある日、彼女はとある宗教の勧誘を受ける。そして、セミナーに行くことになる。彼には黙って。何故なら、彼女はこんな言葉で勧誘されたのだ。
「このまま結婚したら、アンタの業で彼は一生不幸になるだろう」
 彼女は、彼の元へは帰らなかった。洗脳を受けてしまったから。彼は、救出のセミナーへ行くことになる。しかし、その宗教から救いだせても、もう愛情は戻らないというのだ。
 違う宗教で洗脳の上塗りをする変わりに、その信者としか心が通わない。そのことを総てわかっていて、彼は救出のセミナーへ行っていたのだ。
「俺のせいだから。俺のために行ったのだから」

 そんな彼に好きだと言われた時は、にわかに信じられなかった。心に一人の女性がいるのに、何でそんな事がいえるのかと。でも彼は知っていた。私にもまた忘れられない人がいることを。

「彼女は、連れ去られた妹のようなものなんだ。君はここにいるじゃない。俺だってここにいるじゃない? 2人でいれば楽しいよ、俺は楽しいもん」
いつも強引に、彼は私を可愛がった。見てくれに自信がないといえば、笑い飛ばした。
「どこが? 俺は散々人形のような、形の整ってる女を見てきたけど、お前みたいに可愛いのは見た事がないね。俺の自慢だからさ」

 でも、相変わらず職は転々として。さすがに私は不安になった。両親にも口を挟まれる年になっていた。それをこぼすと、いつも気のない返事をしていた彼が、夏の夜、帰り道にあった公園のベンチで言った。

「25までは待たせないから」
私がはじめて聞いたプロポーズだった。

 結局、そのプロポーズは形にならなかった。余りに生活基盤がなかった。私が言っても、せいぜい3ヶ月で仕事を辞めてしまう彼に、両親を納得させるだけの情熱が持てなくなってしまったのだ。そして、その中ででもまだセミナーに通う彼に、私が疲れてしまった。私ではやっぱりダメなのかな。いつもそう思っていた。

 その後、彼とは年賀状の付き合いが10年以上続いていたが、それも来なくなった。何処でどうしているのだろう。

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