scene 2
その子は、いつも通う喫茶店によく現れた。
聞くと私より3つ下だった。
当時大学生だったが、何とも童顔で背もあまり高くないので、最初は高校生かと思っていた。
その喫茶店は、同じオーナーが3店舗持っていたうちの1つで、その子は姉妹店で何年かバイトをしている子だった。私は、その喫茶店にもう5年ぐらい通っていたので、バイトの人達の話にもよく混ざっていた。
ある日その子は、軽食を置いてなかった店からこの店に修行に来ていた。
「お前なぁ、そうやって手で押えて切ったら、サンドイッチは立たないんだぜ」
確かに、彼のサンドイッチは開いてしまう。すると、行き付けだった事もあって、楊枝で刺したクラブハウス状態で私の目の前に出され、しばらく夕飯代はタダになった。
当時よく飲んでいたのがアイスオーレ。ここのアイスオーレは2層になっていて、上にコーヒー、下がミルクで、ホイップが絞ってある。それがなかなか難しいらしく、強めに絞ると層が混ざってしまうし、緩く絞るとホイップをくるっと巻いて切れない。
「だからコップの端で絞って切るんだよぉ、氷の上で」
そして、飲み代までタダになることもあった。
私はそんなカウンターを覗き込みながら、ちゃちゃを入れてる時間がとても好きだった。よく閉店までいて、一緒に掃除して帰ったりもしていた。
帰り道、話が盛りあがって、気がついたらその子と家の方向に歩いていた。広大な公園の脇を、てくてくと歩く。
その子の彼女は同じ高校だったけど、大学が離れてしまったらしい。1ヶ月に1度、逢いには行くのだが、少しずつ話がすれ違いはじめていると言う。
「なんかさ、前ほど別れが悲しくないんだよな。嫌いになったんじゃないし、好きなんだけどさ」
その子はあーあ、と伸びをした。一緒に空を見上げると、星が三つ並んでいた。シリウスはやっぱり青いなぁ、と、訳もなく思っていた。
「それにさ、彼女と俺って身長が一緒なんだよ。だから肩組んでると、腕が痛くなっちゃうんだ」
そう言うと、いきなりその子は私の肩に腕を回した。
「ほら、姉さんなら丁度いいじゃん。これぐらいがいいなぁ、歩きやすいしさ」
「なんか酔っ払いを運んでるみたいじゃない? 私」
笑いながらその子を見上げると、優越感を感じているような、幸せそうな顔をしていたので、茶化せなくなってしまった。
「いいなぁ〜、なんかいいよ、うんうん」
私は年下の男の子って可愛いよなぁ、と思っていた。
すると、その子は正面を向いたまま言いだした。
「姉さん、俺が童顔でちびだからって、安心してんでしょ」
「え? キミなら安心ってのはあるけどさ、別に見かけの事じゃないよ?」
私はフォローになってるかなってないかの、曖昧な答えをした。
「俺、絶対安全だと思われてんだよな。彼女にも友達だと思われてる気がするもんな……」
そう言うと、いきなりぎゅっと抱きしめた。
「ちょっちょっ」
私が慌ててもがこうすると、寂しそうに呟いた。
「嫌わないで」
ふっと、その子が可哀想になった。
嫌いじゃなかった。いい子だし。
しばし、抱きしめられてみた。
初冬のだだっ広い歩道で、暖かくなれた。
腕を離した彼は、ごめん、と言った。
「嫌いじゃないから」
その冬、その子お勧めのブランドの、ピーコートを買った。
なんか、暖かそうだったから。