恋話

scene 11 ― 28age

 その人は、いつも行く飲み屋で知り合った。
 日本酒の会で飲みに行った時、従業員が足りなくて、姉妹店の焼肉屋さんから応援に来ていたのが彼だった。その後、私が彼と2人で飲んでいても、グラスを持って乱入してきてはいろんな話をして盛りあがってる人だった。10歳年上だった。

 ある日、彼が飲み屋に時計を無くしたというので、仕事の後に簿記学校に行ってた私は、帰り道に店に寄った。その人は友人と飲みに来ていたが、その友人が出来あがっていて、強引に座って飲んでいけと捕まってしまった。しばし相手をしたが、その友人がトイレに立った。
「逃げちゃって良いですか?」
「今のうちに行っていいよ」
私はそそくさと逃げた。

 数日後。店の前を通るとママさんに捕まった。
「ずっとあれから、あんたが来るの待ってるのよぉ」
 私の名前のついた日本酒をずっと飲んでるんだという。
「待ってなんかいないよ、仕事帰りに飲むだけなんだから」
 店に入ると、その人は笑いながら、違う名前の酒を頼んだ。

 その人は、姉妹店でマネージャーをしていた。酷く勤勉な人で、もう100日も休んで無いと言う。でも、お客商売を楽しんでいる様で、客の頼み方は全部覚えているから、休むと客が怒るという。ただの飲んだくれじゃないんだなぁと、少し見なおしていた。

「俺の行ってるとこにみんなで歌いに行こうよ」
 彼と飲みに行くと、その人はまたグラスを持って話に入ってきた。行くとそこは御姉さん達がいる会員制のクラブだった。私はそういう店に入ったことがなかったので最初戸惑ったが、店の人達は私を気に入ってくれて、私も気さくな雰囲気が好きになった。

 気を良くして、その後その人と2人で歌いに行った。帰ろうとすると、外は突然の大雪になっていた。とても電車は動いていない。その人の社宅までは歩いてもかなりあった。その人はhotelを探していたが、この天候なのでなかなか空いていない。
「歩きますから、いいですから」
 社宅に空いてる部屋があるということで、やはりそこまで歩いて間借りしようと、私はその人の背中に言いつづけた。
 その人は振り返ると、大雪の中で私を抱きしめた。

「好きだよ、君だけを好きだから」

 その人は、私の彼の前の彼女も知っていたし、彼が彼女を忘れられずにいることも知っていたのだ。Kissの間で雪が溶けていった。

 結局私はその人を選んだ。彼は、昔外国人の彼女に貢いでいた時に作った借金を天引きで会社に返していたり、店に来るちょっと怖いお兄さん達の信望が厚かったり、なんとも人間臭い人だった。でも、人の痛さだけは誰よりも知ってる人で、彼を選んだ時も、別れた彼の心情を思って泣いていたし、いつだって私には優しい人だった。

 それから両親を説得し、先方の両親はとても気に入ってくれて、勢いに飲まれるように半年が過ぎ、秋に私達は結婚した。
 その時にはもう、私の体は母になっていた。

 頑固だけど、最後まで優しい人だった。彼が酒量を半分に抑えてくれていれば、娘を連れて元の姓に戻ることは無かったかもしれない。切り出した私を“男が出来たんだろう”となじる人がいたが、彼は違うと言いつづけたそうだ。
 別れてから酒をやめたらしいが……。数年前、一度連絡があったきり、今は何処にいるのか全く分からないでいる。

<scene 10  scene 11>


inserted by FC2 system