scene 10 ― 27age
その人は、職場近くの喫茶店で知り合った女性の彼だった。
その彼女とは喫茶店の常連同士で、店においてある雑記帳で巡り会い、直接話をするようになり、彼女が友人達とやっている日本酒の会に参加する事になった。
そこに参加しているのはみんな私より年下だったので、彼も私を姉さんと呼ぶし、私も年下で知り合いの彼氏、と言う意識しかなかった。
その人は私の誕生日だからと、いつもの喫茶店で待っていてくれた。しかし、私は10年来の曖昧な恋にとどめを刺され、諦めるべき相手と酔い醒ましにその店へ行ったので、とてもじゃないが笑顔を見せられる状態じゃなかった。そんな私を見てしまったからか、そのあとモーションをかけられ、かわして、あの子と付き合ってたのは昔の事だ、みたいなやり取りの中で、いつの頃からか付き合っていた。
二人でピンキーリングを買った。
「ほら、手出して」
拗ねて私が外してるときは嵌め直して、彼も拗ねて外したりして、お互いに宥めあっていた。拗ねる彼の横顔を見るのが好きだった。線が細くて、でも子供扱いすると怒って。少しフェミニストなのかもしれない。よく黙って微笑む人だった。
でも、彼は“彼女”を忘れてはいなかった。彼の中では決して昔の事ではないと、私もわかっていた。そんなどっちつかずの彼に、私も迷いはじめていた。
ずっと2番手の恋ばかりをしていた。先客がいたり、誰かと比べられたり、そんな恋をしてきて、またこれなのか、と思っていた。
そんな時、私を1番にしましょうという年上の人が現れた。
正直迷った。迷って、彼に話した。彼は決めかねていた。3歳年下と言うのもあるだろうし、恋愛に責任を持つのには抵抗があったんだろう。私はただ、自分の彼女として振り払って欲しかっただけなのに。
結局、私は1番にしてくれる人を選んだ。そして、その人と3人で飲んでいた。
その事実を前に、彼はピッチが上がっていた。手洗いに立った彼は、少し足元が危なかった。その時。
グワッシャァァァァァン!! ガラスの割れる大きな音がした。駆け付けてみると、酒の陳列用の冷蔵庫が割れて拳から血を流していた。近付くと振り払われ、私にはそれ以上何も出来なかった。よく行く店だったので、全ての事情は解ってくれた。年上の人は彼の応急処置をして、タクシーに無理無理捻じ込んで、帰らせた。
次の日。
私たちは、パスのついた伝言ダイヤルを二人で使っていた。聞いてみると、彼の言葉が入ってた。
「あの日、やっと決めたって言おうと思ってたんだ。姉さん一人に決めたって、言おうと思ってたんだよ」
もう1度聞こうと思ったら、もう消されてしまっていた。
その年の秋の結婚式の2次会に、彼は来てくれた。そして、娘を産んでからも、元の姓に戻ったあとも、今の暮しになってからも、彼はいい弟でいてくれる。